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TYSENNのT.Aでございます。


今回も前回に引き続き、TYSENN設立までの経緯についてお話できればと思います。


前回のブログ「Vo.2 設立までの経緯 その一」に記載した通り、ニューヨークからの帰国後は、何かに取り憑かれたかのように、「Emaux de Longwy(エモー・ドゥ・ロンウィ)」について調べる日々が続きました。


始めは公式サイト上の写真だけを眺めているだけでしたが、それだけでは飽き足らず、その他関連サイトをはじめ、ネットオークションで売られていた読めないフランス語の書籍などを買い集め、ブランドの歴史や装飾技法のルーツまでも掘り下げていきました。英語と日本語の情報が少なく少々苦労しましたが、結果分かったことは以下の通り。


・創業1798年であること

・エモー・ドゥ・ロンウィとは日本語で「ロンウィのエナメル」という意味であること

・ロンウィはリモージュ同様にフランスを代表する陶器の街であること

・エナメルとは陶器の表面に色・光沢を出す、ガラスを原料とした薬品であること

・かの有名な皇帝ナポレオンが熱狂的コレクターであったこと

・その伝統装飾のルーツは日本の七宝焼きにあること


他、語り始めると切りが無いので、これくらいにしておきます。


私が働く百貨店には、当然ながらファッション以外にも「陶器」を扱っている売場がありましたが、今までそれほど注意深く観察したことはありませんでした。

ただニューヨーク帰国後は、お昼休みを使い、和洋食器売場や画廊などに頻繁に足を踏み入れるようになりました。


幸運にも百貨店には、それぞれの分野に豊富な経験と知識を持ったプロフェッショナルが居ます。

これまで社内でもあまり面識の無かったリビング・美術品のバイヤーから聴き、見て、触り、どんどん陶器やデコレーションアートの魅力に取り憑かれていきます。


そして思いました・・・「ロンウィをもっと集めたい」・・・と。


ただもうお分かりかと思いますが、ロンウィは日本で購入できるお店がネット・リアル問わずありませんでした。なのでロンウィの問い合わせ窓口に直接メールを送ってみました。


「日本から連絡をしています。そちらの商品を購入したいのですが、対応して頂けませんか?」と。


2日待っても、1週間待っても、10日待っても連絡が来ません。


私が育ったオーストラリアも時間はゆっくり流れますが、それ以上な気がしました。


ロンウィの工場らしき電話番号に、催促の電話をしました。


女性が出ますが、皆英語が喋れないようで、会話が成り立ちません。


受話器の向こうで皆で「まずい、英語だわ、どうしよう?」と話し合ってる声が聞こえてきます。(なんだか可愛らしい)


痺れを切らしていた頃、一通のメールを受信します。


「遠い日本からご連絡ありがとうございます。もちろん可能です。あなたのために、最高の一品をお作り致しますよ。いかが致しましょうか。」


ロンウィの社長から直々に連絡を頂けたのです。


後々聞いた話によると、この時期はバカンス休暇を取っていたそうです。流石フランスは良いですね。 


実際に注文をしてみると、決済方法、シッピング、税関手続、原産国証明など、予想だにしない壁が色々とありましたが、約2ヶ月ほとで無事に日本の自宅に品物が届きました。


この出来事を機に、私は頻繁にロンウィの社長と連絡を取り合うようになり、フランスのこと、日本のこと、インテリアのことなどをざっくばらんに話す関係性へと進展していきます。


そんな私が、「ロンウィの工場に行ってみたい」と思うまで、そう時間は掛かりませんでした。


続く・・・。


Written by T.A